人に視えないものが視えるからといって
人に視えるものが視えるわけではない
それぞれに視えてるものが違うだけ
彼らを特別扱いされる側にすれば
する側の特別は消失してしまう、、、
人には視えないものが視える人がいたとき
その人はその人だとあるがままに捉えよう
彼らにはあなたに視えてるものが視えない。
だから、あなたが彼らを特別視していれば
彼らは自分が視えてないことに気づけない。
よく、師匠の堕落について話す人がいます。
「あの人は変わってしまった」
「あの人、実は〇〇らしい」
「あの人は本当は上手くいってない」など
ですが、
その師匠を堕落させたのは誰でしょう?
堕落したのは彼ですが、堕落させたのは誰?
周りにいながらそれを気付かせなかった人です。
自分はクライアントや先輩でも
その人を縁の続く人だと慮ればこそ、
言うべきことは言うべき対象だと思います。
これは、言いたい放題言うと言う意味ではなく、
相手に必要なことを必要なタイミングで提供すること。
師匠にリーダーシップが必要だとすれば、
弟子にもリーダーシップが必要だと解くわけです。
自分は色々な団体を作って、守って、助けてを
する立場なので、わかるのですが、
団体のリーダーに文句を言う人ほど愚かです。
大体、自分のことが出来てない人が
愚痴を口にします。
愚痴とは、
相手の痴れた愚かさを口にするのではなく、
自分が痴れた愚かな者だと口にすること。
分かりやすく言うと、
「私はその件について無力です」
と言ってるという状態。
こう言ってる自分も愚痴を口にしないほどの
神仏の領域じゃないので、愚痴を口にしますが、
ただ感情の調整に使う以上はしない。
愚痴=自分の愚かさだと識ってるので、
賢識=状況のグリップを握ろうと動くわけです。
最初の命題に戻りますが、
視えない物にハマる人は
人生のグリップを手放した人。
「彼には視えるが、私には視えない」
これは事実ですが、また逆の事実があります。
「私には視えるが、彼には視えない」
自分にも視る力が備わってることを
手放せば楽ですが、ツケは回って来ます。
追いつかれた時に泣くくらいなら、
初めから手放すのはやめましょう。
psychicもpsychoもpsychologyも
psychで始まります。
psychには、
「脅かす・不安にさせる」と
「高める・奮い立たせる」の2つの意味があります。
どちらを選ぶかは本人次第。
あなたは無力でなく、すでに有力。
なので、
安心して突き進みましょう!
突き進むのが怖いなら
一度立ち止まって足元を確認しましょう!
あなたが視えてる物が視えない者に
ついていくのは止めましょう!
Be myself!
ではまた!